英音学語-EIONGAKUGO-

英語と音楽のアソート

羽生結弦選手が平昌で金メダルを獲得してからというもの

今週のお題「表彰状」

 

 

うちの父がおかしい。                            

 

 

何がおかしいって、ずっと

 

「ゆづくん、ゆづくん。」

っていってんの。いやまるで思春期女子の恋煩いレベルで言ってんの。結婚生活ウン十年で何かを忘れてたけど今、取り戻したよ、レベルで言ってんの。マジで。

 

お父さん、、、、、ごめんなさいまだ私お嫁にもいってないのに死に際のイマジネーションばっか膨らませちゃって、、

お父さんみたいに何かにワクドキする心を忘れてたよ、って娘が勝手に反省するくらいの羽生選手へのアツい眼差し、ああ、青春とはこういうのだったねなんて思いだしてしまうほどに。

 

なんて、素晴らしき我が父親。

 

 

 

いやブログタイトル変えろよ、という我が人生へのツッコミ

突然はてなブログアスペクト比が変わり、超絶小さい文字を見つめることとなった私は、途方にくれている。文字が親指姫みたいでカワイイねぇ、、なんて言ってはいられない。何故こうなったのかまるで理解できない。人生は摩訶不思議である。いつか戻る日は来るのだろうか、、                                                                           それはさておき、私はそろそろブログタイトルを変更しようと思っている。                                             英語と音楽、真面目に取り組めなかった私が悪い。そう、、寿命縮まるんデスノートがあれば、ぜひ記入してみてほしいくらいには、、、、ワルい。                                                                            それにしても、集中している時にどうでもいいことを話しかけてくる奴は一体何を考えているのだろうか。                                              さてと、そんなこと知る必要もないのだが、私はいかんせん、四文字の言葉に弱い。それが全部漢字であればなおさら、弱い。自分好みの匂いを纏った場所を見つけた時くらいには、弱い。                                                                            すごくノスタルジーに浸れるなんとも言えない匂いが漂った日には、そこに骨ごと埋めたくなる。 私はそれほどの情熱を、このブログに懸けようとしている。やだ、怖い。である。                                             こんなにあふれでるほどの情熱を語ってはいるが、今のところなんと、なななんと、候補がない。  、、、、ない。ああ、最近そういえば頭が弱くなっているんだ、すまない僕のせいだよ、なんて言い訳が通じるのは豪華客船に乗ったキランキランの果物ナイフを持った王子くらいである。                                                                            今日の文章はグダングダンである。   ブログタイトルをこれにしてくれ、という要望があれば、快く受け付ける。いや自分で考えるよ、って言いたいけど今、気力が足りないようだ。                                                                            あ、ちなみにアスペクト比の問題はなんだか勝手に解決した。画面をタップすればいいだけだった。バカ。                                       

日本人は何故自殺していくのか

日本の自殺率は年間3万人と伝えられているが実際はもっと多く、問題が根深いだなんて話がネット界隈ではまことしやかにささやかれている。身内や知人に自殺を選択した人間がいなければ実感がわかないだろうが、日々生きづらさを感じている身としては肯定できる点もあるだろう。人はこの世に生きながら悪魔に出会うことがある。幸い今の時点で出会ったことがないのであれば、これから出会うことをぜひ想定してほしい。覚悟を決めて対峙するのと、なにも知らされずに飲み込まれるのとでは、大きな違いがあるからである。あなたは出会ったことがありますか? 人という名の悪魔に。                                                                                                                   彼らは狡猾で尊大、自分の保身や自尊心を保つことしか考えていない自己愛性人格障害という病気である。、、病気と言うか、人格に大きな問題がある状態とでも言おうか。私は10代の頃に運悪く出会ってしまった。そして人格を破壊された。今もまだ完全には立ち直れていない。                                                                                                                   通常、苦手だと感じた相手にはなるべく近づかないのが人間である。しかし彼らは逆である。嫌いな相手にニヤニヤ近づき、嫌がらせをし、相手の反応を見るのである。嫌いならほおっておけばいい、なんて常識は通じない。彼らは相手をとことん破壊するまで満足しない。有名な例であれば、大津のいじめ自殺が分かりやすいだろう。あそこまで粘着質に相手を追い詰める必要性がないことは、全うな人間なら簡単に分かることだ。しかし彼らにはそれは通用しない。                                                                                                                   彼らの周りが人を見る目がなく、被害者を一緒になって叩くような人間であれば、なおのこと被害者は追い詰められる。そうすると心を病み、最悪の場合は自殺に至る。私には逃げ場があったから何とかなったが、それがなければ今頃とっくにあの世行きである。                                                                                                                   悪魔のような人間に出会ったことがなければ、被害者に非があるかのように通常の人間は考えるであろう。これだけは言わせてもらいたいが、その考えは被害者をさらに追い詰めることになる。誰しも人間には弱い部分がある。私も人間としてまだまだ修行が足りないと毎日感じている。その未熟な点を補填するのは知識だと感じている。そのため私ははてなブログの住人なのである。考えられないほど個性的で頭のいい人がたくさんいて飽きない。                                                                                                                   話がそれたが、このように全うな人間が淘汰され続けた結果が今の日本の自殺率の高さに繋がっているのではないかと私は考えている。憎まれっ子世に憚るという言葉があるように、古来からの悪習が今も続いているのではないか。悪がはびこり、このままでは潰し合いを続け、まともな世界は永遠に創られないのではないか。絶望的に感じているが、それでも私は文章を書くことがやめられないし、苦しみながらも生きていきたいと思っている。                                                                                                                   この文章を書きながら苦々しいあの場面を思い出し、自分の弱さを思い知ったあの頃と、乗り越えたいと思う今との間でよくわからない不快感を感じている。でもここまで何とか書けたようだ。今、私はほっとしている。                                                                                                                                                          最後に、自己愛性人格障害について記された著書のリンクを貼っておく。       

 

良心をもたない人たち (草思社文庫)

良心をもたない人たち (草思社文庫)

 

 

 この著書以外にもたくさんあるので、ぜひ手に取ってみてほしい。                                        

2月5日のにっき

あれもう2月だどうしようこの体たらくぶりは誰か止めてくれお願いしやす、。しや、す、、、、

しゃきしゃき動くどころか温泉に浸かってるカピバラのようなゆったりした空間で危うくぽっくり逝ってしまいそうなそんな乳白色な日々から

抜け出せない。抜け出したい。んー、ファンタスティック。

これでも数年前までは人より真面目だったんだけどー、、根が真面目だから不真面目な生活を真面目にこなすというミッションを遂行しているようにも思えてきてね、、というのはただの言い訳に過ぎないため改めるしかない。今日の文章はダサいし、ダサい人生に乾杯でもして知識の海に触れて上昇気流にひょい、と乗ってみよう。

 

「女だけの街があればいいのに」精神的にはまるっと同意

お題「最近気になったニュース」

Twitterでその思いの丈を綴った女性が袋叩きにあっているが、、、、

 

気持ちはわからんでもない。何でかって、答えはシンプルで今まで生きてきた中で「あれ、こいつ変じゃね」やら「人としてひどくね」と思った対象が男に多かったからである。                                     立派な男性には申し訳ないが、ピンからキリのキリにいる男はどうしようもない。野性動物同等だと思っている。(本物のライオンとかは嫌いじゃないよ)    ノーベル賞をとる奴もいれば犯罪をおかす奴もいる。もっと中庸が多かったらどれだけ平和な世界になるか、、と思って生きている。少なくとも私は、。

女性が男性を基本的に警戒するのはそのせいである。そしてたまにいる男好きな女はかなりの勇者なのでは、、と思っている。その冒険心、他のことに活かしてほしい。マジで。                                                

ことさら犯罪をおかすのは男が多い。普通に見える男でもある種の暴力性を秘めていて、時おりそれが垣間見えたりする。だから女は怖いのだ。                                     こういった街があれば、特に怖い思いのしたことがある女性は安心だろう。単に男が嫌いな女も助かる。 ただひとつだけ言いたい。

                                                                              

半狂乱になった変質者の男が侵入してこないかだけ、注意していてほしい。                                                                                

1月23日のにっき

昨晩の猛烈な寒さと恐怖、

爽快感をひきずって今日1月23日を、私は終えようとしている。

 

急に襲う眠気と

ぱやぱやした気持ちが人生にもたげてくる。赤血球と白血球を合わせて優雅なダンスを踊りたい。

そろそろ髪の剪定をしないと。

髪にしなだれたたんぱく質を根こそぎ山の麓に持っていきたい。

 

相変わらず改行がしづらいが明確な解決法方が見つからないのでしばし放置して新是よう。生きている意味と言うのは見つからないので探さない方がいいが探しても見つからないのが楽しいため続けてみよう。 こんな私だが、恐れずに何かあれば立ち向かう準備はできている。 何かあったら気軽に声をかけてくれてかまわない。  ではまた後日、、。

 

この世は胎盤系男子で溢れ帰っている

お題「最近気になったニュース」

この世は胎盤系男子で溢れ帰っている。

胎盤系男子とは私が勝手に使っている造語だが

要は「女のことをバカにしているのに女を求め愛されないと逆ギレし女に執着する男

」のことである。

そんな男に粘着された女は災難である。

基本的に男は自分より上の女が嫌いで、それでいて100%の女を求め、まるで天使か妖精か、はたまた架空の存在かのような女を求めているのである。

20数年生きていて私は痛いほど感じた。

断言するが、そんな女はいない。いくらお前のママが偉大だからって、そんな全然知らない女にそれを求めるな、と言いたい。

女が金を重視するのは生きていく金が必要なのもあるが、ろくな中身の男がいないからである。聖母のような女はいない。お前のママが偉大なのも、それはお前がママの息子だからである。いい加減気づいて欲しい。 男は弱いものいじめが好きで、女を見下しつつもビビっているのである。そしてそういうやつが女にDVをするのである。 バカな女も問題だが、そうやって弱者を見下す奴はもっと問題である。  はぁ、もっと平和にならないかな。