メランコリーⅠ型

まとまりのない人

生きるとは個人と他人の欲の犠牲になること

今週のお題「ひな祭り」

 

私は、欲がすべての物事の諸悪の根元だと思っている。我が身をおおげさに認め、称賛し、周りとは違い崇高な存在と思いたいがために色んなものが今なお世界中で犠牲になっている。

 

身近なところで言えばお金、キャリア、恋愛、すべて人より上でいたいがために他人を引きずり下ろし、自分より下と勝手に判断した者を馬鹿にし、一体人間は何をやっているのだろうか。

 

 

歴史を遡れば人類は同じことを繰り返していることに気づく。

 

侵略と迫害を繰り返し、共存なんてちっとも考えていない。中世ヨーロッパに魔女狩りという制度があったが、かたちを変えただけで今も人間関係は一緒である。真実なんてどうでもよく、気に入らないやつに濡れ衣を着せ、処刑する。学生のいじめ問題なんてまさにそれである。そしてもちろん大人の世界にも存在する。それに疲れ果てた者はこの世をフェードアウトする。私もその口だが、家族に恵まれたためアウトするにもアウトできないでいる。まぁ、その家族のなかに汚さを時折発見することもあるのだが。

 

私の中での一番の欲は、何かを書いて残す欲である。最早書くことでマーキングしているかのごとく、私にとって根源的な欲である。もちろん普段から難しいことばかり考えている訳ではないが、人生を真面目に考えていると悟りたくなるのである。

 

豊かな自然と素敵な空気、そのなかで何も考えずに死ぬまで生息していた方がよほど崇高な気がしてならない。

今まであーだこうだ偉そうなことを言っているが、私も人並みに欲があり、春の新作コスメを目にいれたときの高揚感は何物にも変えがたい。あの色にあのデザイン、たまらない。笑みがこぼれ、顔がふやけそうだ。

 

なのだがたいていの欲からはいい結果は生まれない。素晴らしいのは、人助けしたい欲、人を楽しませる欲くらいではないだろうか。

私は人より全体をみて、遠くの事を考えている。身近ないさかいには耐えられない。弱いのである。

 

生きている間にもっと悟りたい。生きるとは内面を磨くことだ。精神的な孤独は人を成長させる。

 

明日はひな祭りなのに、こんな晴れやかとは程遠い事を考える人生も、悪くはないと思いたい。

 

うことで明日は手巻き寿司を食らう。ん、人間とは矛盾しているものである。