英音学語-EIONGAKUGO-

英語と音楽のアソート

女性はいつまで物扱いされ続けるのか

女性蔑視は根深い。生活に浸透しきっていて女性自身も気づいていない。それどころか女性蔑視に加担までするタイプまでいる。男性は言わずもがな女性蔑視が根付いている。どうしたらいいものか。

 

 

 

私は先週ドライブをしていた。

 

 

ドライブをしながら街を眺めていると、やけに綺麗な女性を発見した。あ~、目の保養になるな~と見ていたら、その女性の隣にはやけにデレついた男がいた。

そのデレつき様を目にして、私はまた嫌なものを見てしまったと思った。

 

彼の彼女を見る視線が、人間対人間ではなかったというか、欲望むき出しで心底怖かったからである。

こういう風に女性を見る男は結構な数、(私の人生経験上だが)存在する。

逆に、男性に認められることで自分の価値を確かめるタイプの女性にも苦言を呈したい。

そうやって他者の価値に振り回されて生きて楽しいか?

受動的に生きて幸せなのか?

表面的な欲を満たしてどうなるのか?満たされていないから更なる承認を求めるのではないか?と。

 

 

会社の受付に綺麗どころを配置しておくのも違和感を感じる。

やはり女性というのは表面上美しくさえあればいいのか。

女性の表面的な美しさにしか価値を置かない社会は異様ではないか。そしてそれを利用している女性も病的だと私は感じている。

女性の綺麗どころを置いておくなら同じく男性の綺麗どころも配置した方がいいのではないかと思う。それは別に難しい事でもないしね。平等とはそういうことだろう。

 

逆に言えば女性に頼もしさを必要とする人がもう少しいてもいいのではないかと私は感じる。

しかし女性自身が自立しようとしていない人が多いのがまたこの問題を難しくさせているのは否定できない。(もちろんバリキャリの女性も存在し、そういう人は徹底的に応援したいと思っているし私もそうなりたい)

 

 

難しい。

 

 

日本考察というカテゴリーで書いたが、こういった問題に国境はなく日本より男女平等の精神が根付いたアメリカなどでも根強く残っている。

 

皆さんも、是非一度考えてみてほしい。