独身顆族

読んで「ほぉほぉ・・・」と悦に入れる文章を書きたい

苦しみから逃れるにはどうしたらいいかの考察

今現在、私の人生において史上最強に辛い時期に差し掛かっている。はっきりと言うが私は精神的に病んでいる。死にそう。小さな心臓がひぃひぃと言っている。頭はガンガンしている。実に切ない。具体的に言うと何度も確認行為をしてしまう疾患である。さっきも確認したのにもう一度確認、安心したと思いきやもう一度確認・・・・という不毛な病である。私は記憶喪失にでもなったのであろうか。この病は決して珍しくはないのだが私は耐えられない。なぜなら生きている以上、確認する事柄が常に湧いて出てくる。その都度確認、確認したのに不安を感じ再度確認、という作業を繰り返すのは精神的に摩耗する。こんなのはイタチごっこなのである。だが、気づいているのに止められない。それが病なのだろう。

 

 

こういう時、一思いにこの世からおさらば出来る粉薬とかがあればいいなんて考える。その粉薬があれば安心するだろう。いつでも逝ける、と。もう少し頑張れそうな気がしてくる。命を粗末にするな、と他人は言うがその人の苦しみはその人が受け止めるしかない。そんなの辛いではないか。逃げ場がない。一人ひとりキャパシティーも違う。もうダメだ、という時に耐えられない人だっているのである。私は今、そこに差し掛かっている。耐えられるかは自分次第。結果は分からない。

 

 

さて、タイトルにも書いてあるが苦しみから逃れるためにはどうしたらいいか、について語ろう。私がしていることは、出来るだけ現実的なことをするということ。部屋の掃除や今書いているこのブログを書くなど、普通のことをするのである。あとは、一時的な安寧を得たいなら音楽を聴く、映画を観るなどの現実逃避行為をする。でもこれは甘いアイスクリームみたいで、おいしいけどすぐに溶けてしまうからおすすめはしない。終えた後、虚しくなってしまうかもしれない。気持ちがない人と一夜を共にした時のような。その虚しさが悲しみへと変わったら・・・・と思うと怖い。

 

あとは、自分をロボットと思うこと。「私or僕はロボット。ロボットなんだからこんなことを考えているなんて実におかしい。笑えてくるね」なんて感じに。

要は自分を若干放棄してみて、という話である。自分を見つめすぎるな、ということ。まぁ、私はこれが出来ないから苦しいんだろう。ちょっと真面目すぎるのだろうか。真面目っていうのもきついもんだ。真面目というか完璧主義か。(なのにこんな不完全なブログを垂れ流しているという突っ込みはやめてほしいっす)

 

精神的に強い人に憧れる。来世があるとしたら絶対欲しい部分だ。勇者の剣、って感じでカッコイイ。まぁ、死にたいんだけど具体的に自殺方法を調べないあたり、まだ生きたいんだろうと思う。いや、前に調べたことがあるんだけど「きつそう」「怖そう」「苦しそう」「死ななさそう」なのしかなくてさ・・・・・

 

だからこんな感じで生きている。

 

 

いつか解決するときは来るのか。解決というか、気にならなくなる時が。遠いな~・・・なんか。遠すぎて目を休めるのにちょうどよくなっちゃうね。